人生は楽しまなければ 貝原益軒

徒然

養生ということばがあります。いただいた寿命を全うするために、心身を丁寧にあつかうことだと言えると思います。歴史の授業で習う貝原益軒の養生訓は、その養生の仕方が細かく書かれたものです。

医者の不養生などといわれたりしますが、貝原益軒は自分の述べた養生をきちっと守ったのでしょうか、85歳まで寝たきりにも認知症にもならず人生を生き抜いたようです。53歳のころ、中国の文献の中から健康に関するようなものを抜き出し、それをまとめた書物を出しており、彼自身がその書物に沿った養生を実践し、30年の実績をもとに83歳の時に養生訓として世に出したとされています。だから説得力がありますね。それも健康啓蒙書として庶民にわかるように、漢字かな交じり文で記述されています。

貝原益軒は儒学者であるとともに本草学者であったとされます。20代で江戸に出たころ医者を生業としながら儒学を学んだとされますが、その後医者としての活動はあまりしていないようです。実際後年、貝原益軒の妻が重病となったときには、香月牛山に治療をしてもらっています。

養生訓に述べられていることの中心は、食べ過ぎない、飲みすぎないなど、何事も過ぎないこと、過度にならないことを大切にし、体をいたわりつつも、体をしっかりと動かし、しかもきちんと休むということだと思います。現代語訳も出ていますから、興味のある方はぜひ読んでみてください。慣習の違いから現代にはそのまま当てはまらない部分もありますが、ほぼそのまま現代でも養生の指南書として使えると思います。

彼自身の生き方として、楽しむということを大切にしたようです。善い行いをすることを楽しむ。健康で生きていることを楽しむ。長生きをしてすこしでも人生を楽しむ。これら三つの楽しみが人生を豊かにすると考えたのです。65歳を越えたころには、老いてますます楽し、などと書いているようです。

「酒は微酔にのみ、花は半開に見る」

何事もほどほどのころ合いを楽しむのが良いということですね。お酒はちょいと酔うくらいを楽しみ、桜の花も満開になってしまう前のころ合いを楽しむ、いいことを言いますよね。

「楽を失なはざるは養生の本也」

過度の節制で人生の楽しみを失ったりしてはいけないと述べているわけで、そんなところが私は好きです。益軒さんの言う養生は、極端な我慢を強要するようなものとは全く違います。過ぎた欲望追求を控えよというだけのことです。肩の力を抜き、ゆったりと構えて、現状に感謝し、楽しみを見出す。こういう態度で人生を送れば、気力も充実し天寿を全うしやすくなるとおもいますよね。

ところで貝原益軒は、漢方薬の中でも補剤といわれるものをよく利用したようで、補中益気湯や帰脾湯などが好きだったということです。また20歳以上としの離れた奥さんは、体が弱かったようですが、養生とともに漢方薬なども利用して、60過ぎまで生きていたということです。

私たちも、欲張りすぎず、頑張りすぎず、日々を味わい楽しむ心をもって、いただいた命を大切にしたいものですね。

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